プロフィール:岩元 貴久CEO
アメリカと日本でマーケティングコンサルティング会社、ソフト開発会社、コーチング会社、不動産投資会社、ASP事業会社等、複数の会社を経営している企業家。
『情報商人:情報をお金にするプロ』としても知られる。
「好きな場所で暮らし、得意な市場で楽しく仕事をする」ライフ・スタイルをモットーとして、本人がこよなく愛するカリフォルニア州オレンジ郡に家族と暮らしながら、2-3ヶ月に1度の割合で日本-ハワイを訪れる生活をエンジョイしている。
大学卒業後、1990年〜1998年まで外資系大手経営コンサルティング会社の米国本社(ロサンゼルス事務所)にてFortune500企業へのコンサルテーションに携わり、e-businessコンサルティング会社を経て2000年に独立。
現在は、事業経営の傍ら講演・執筆活動を行うだけでなく、各分野で活躍するリーダー育成のために、出版プロデュースや学生に実学を教える等、後進の育成にも余念がない。
日本の精神文化・思想を基礎に、豊かさと幸せの両立した社会の発展に貢献する活動に勤しんでいる。
編集者コメント
日本にダイレクトマーケティングを紹介した、岩元社長が今回のゲストです。
「情報商人」としてマーケッターの世界では、知らない人がいないほど、マーケティングの世界では著名な岩元社長は、元々アメリカで起業されました。現在は日本とアメリカ、複数の会社を経営されていて、日本とアメリカを行き来している日々を過ごしています。
波乱万丈な起業人生だけでなく、アメリカでの起業、マーケティングに関する話など、幅広くお聞きしました。
──起業しようと思ったのは、いつですか?
小学校4年生の頃でしょうか。
私は、鹿児島県鹿児島市の出身で、市の中心に位置する山下小学校に通っていたのですが、そこは、西郷南州(隆盛)や大久保利通、東郷平八郎など、明治維新前後に活躍した人達を輩出した地域でした。その影響もあって、自分も歴史に名を残したい、一国一城の主になりたいという思いから、自分の会社を興したいという考えを持ちました。
──ご両親は起業されていたのですか?
父は公務員でした。それを否定するのではなく、ただ純粋に親とは違う道に進みたいという思いはありましたね。
──具体的に、起業の準備を始めたのはいつからですか?
起業の準備ではありませんが、起業のイメージを持ったのは、中学2年生の時です。
当時は、起業というよりも、大企業の中で出世していくのが成功ストーリーという風潮でしたが、私の考える道とは合致しません。
ちょうど、そんな時にあるテレビ番組で『ゼロから成功する:アメリカンドリーム』をテーマにした特集があったのです。アメリカでは、人脈もお金もないところから一攫千金で成功している、というのを見て、自分のやりたいことがやれるのはアメリカだと思い、アメリカでの起業を志すようになりました。
なので、友人達には「将来、アメリカで会社をやるよ」と言っていました。まぁ、周りからは、また変なことを言い出したと言われていましたけれどね(笑)
──その後はどうしましたか?
英語の習得とアメリカを実際に見たいという思いから、大学に入ってすぐに、アメリカの大学に短期留学をしました。
留学先では、寮に入って、アメリカの友人たちと将来について語り合ったりしました。
その当時の私の起業までのイメージとして
「まず大学を卒業したらソニーに入る。そして、ソニーの経営企画室に入って勉強し、その後、自分の会社を興す。」と思っていましたので、そのことを彼らに話ました。
当時のソニーのイメージは、世界的に好評価でしたから、アメリカ人の友人達も感心するだろうと思っていると、期待に反して「ええ、なんでソニーなんかに行くの?メーカーだろう?」と言われました。
それで、「ソニーの何が悪いの?」と聞くと、「ソニーが悪いんじゃない。大学に入ったのにメーカーに入るなんて、つまらないじゃないか。だって給与も低いし。もっと稼げる事しなよ。」と言うんです。
そこで彼らに、「じゃぁ、お前達はどうするんだ?」と聞くと。
「ビジネススクールに行って、MBAの資格を取る。」と言うんですね。
MBAって何?そんな資格持ってどうするのと聞くと。
「ビジネスコンサルティングファームかインベストメントバンクだね。」と。
特に、ビジネスコンサルティングは、当時のアメリカの学生に大人気で、何より大手企業の経営幹部にビジネスの戦略のアドバイスをする仕事だということに、非常に興味を覚えました。
そこで、自分も日本の大学を卒業したら、アメリカのビジネススクールでMBAをとって、コンサルティング会社に勤めたいと考え始めました。
日本に帰国して、ビジネススクールのことを調べたら、学費が高くて、生活費まで加えたら、そんなお金、工面できない、どうしようかなぁと悩んでしまったんです。
それから、電話帳から日本にある外資系のコンサルティングファームを調べて、手当たり次第に連絡を取り、大学卒でも採用するのか聞いてみたのです。
すると、当時の日本ではビジネススクールの認知度はまだ低く、日本の大学ではMBAのコース等ほとんどない時代でしたから、「MBAの資格はあることにこしたことはないけど、それが必須条件ではない。」ということが分かったのです。
それを知った時、自分はなんてラッキーなんだろうと思いましたね。
なぜなら、アメリカの友人達は、コンサルティング会社に入るには、MBAが必須です。高い学費を払って、2年間、ビジネススクールで学ばなければならない。
それに対して、私は日本にいるばかりに、MBAがなくてもコンサルティング会社に入ることができるのですから(もちろん採用されたらですけど)。
そして、コンサルティング会社で実践的な経営を学びながら、給与までもらえるんです。こちらが学費を払うのではなく、お金をいただいてですよ!
最高に運がいいとその当時、思いましたね。
──学生の時に起業しようという気持ちがあったのに、就職しないで起業しようとは思われなかったのですか?
思いませんでした。なぜなら、自分には起業の準備が何もできていなかったからです。まず、ビジネスアイデアが無い。それに、お金もないし、コネもない。客観的に見て、まだまだ起業する段階ではないとわかっていました。
──そのあたりを、ご自身でしっかりと客観視できていたんですね
そうですね。特に私の場合は、日本ではなくアメリカで起業しようと考えていたわけです。日本で暮らしているのですから、それは無理です。
ただ、コンサルティング会社への就職は、アメリカのコンサルティング会社で、日本に支社を持つところと決めていました。そして、いずれアメリカの本社に転勤になって、それからアメリカで独立しようと考えていたのです。
以前から、周りから「起業して何をやるの?」と良く聞かれることがありました。
私は「起業する準備ができた時に、儲かるものをやる」と答えていました。学生のとき、その「儲かるもの」というのが全く見えていなかったというのもありますね。
──それで、就職の道を選ばれたんですね
そうです。
そして入社したのが、あるアメリカ系の大手コンサルティング会社の東京事務所です。複数の外資系コンサルティング会社からオファーをいただきましたが、アメリカに確実に行けること、事務所の規模が当時は少人数であったことが決め手となって、その会社を選びました。
そして、入社4年目の1994年に、アメリカ本社に出向するチャンスをつかむことができ、アメリカに渡りました。ここまでは思い描いていた通りに進みました。
それから、1995年、アメリカでAmazonをはじめとしたインターネットビジネスが脚光を浴びるようになります。
周囲の同僚が、次々に会社を辞めて、インターネットビジネスを起業しはじめました。私自身もインターネットビジネスを起業しようと決め、そのためのステップとして、大手コンサルティング会社を退社し、ロサンゼルス近郊にある小規模なネットビジネス会社に営業兼コンサルティング・マネージャーとして働き、それから2年間、営業の仕事を学びました。
そして、アフィリエイトマーケティングをカスタマイズしたビジネスモデルを発案し、起業する決心をしました。
しかし、私に足りないものがありました。それは事業資金です。
起業するにあたって、私が決めていた事の1つが、借金をしないことです。場所がアメリカということもあって、こちらでは投資家に支援してもらって起業するというスタイルが普通に行われていたというのもありました。
そこで私も事業計画書を準備し、投資家に会おうとしていた矢先に、たまたま日本の大手通信会社から、アメリカのインターネット事情に関する講演の依頼を受けたのです。
私は、「この講演は、きっと起業するためのファンドレイジングにつながる」と直観的に感じました。
その直感の通り、講演後、主催者の通信会社の経営幹部に私の事業計画をプレゼンテーションする機会をいただくことになりました。
幸運なことに、彼らは私の発案したビジネスモデルに高い関心を示してくれて、日本の個人投資家を紹介していただけることになったのです。
これがきっかけで、投資家から約8,000万円の投資を受けることになり、ビジネスをスタートすることになりました。
──そのときは、どんなビジネスをスタートしたのですか?
「イーモールゼロ」というビジネスです。
個人が無料でウェブサイトを持って、そこにはECショップの商品を並べて販売することができる。販売するとEC ショップからアフィリエイト報酬を受け取る事ができるという、今で言うところの楽天日記のようなものです。
その当時(2001年)は、まだ誰も思いついていない、個人がウェブサイトを持って販売するというビジネスモデルでしたから、斬新だし、かなり成功する自信がありました。
ところが、蓋を開けてみると、ビジネスはまったく不調でした。その当時、私は大きな勘違いをしていました。「良いものだったら売れる。」と思っていたのです。
実際、営業先でECショップの社長を前に、ビジネスモデルの説明をして、質問にも理路整然として完璧にも答えていました。その度に、お客様も大きく頷いて感心してくれたものでした。
しかしながら、肝心の契約の段階になると、頭を縦に振ってくれないのです。
資本金8,000万円でビジネスをスタートしたのですが、事業は3年間赤字。しかも、事業開始後、最初の10ヶ月で8,000万円が底をつきました。
出費が最も大きかったものは、何でしたか?
当初は、ビジネスが短期で成功するものだと思っていましたから、まだ売上もないのに従業員12人位の体制で、渋谷の良い場所にオフィスを構えました。
固定費がかなりかかっていました。
投資家から資金提供を受けたお金でしたので、自分自身の中に、お金に対する甘い考えがあったのも事実です。
会社は、右肩上がりに成長するものだとばかり思っていましたが、現実はそれとまったく逆でした。まったくと言って良いほど、クライアントが取れなかったのです。
事業資金が底をつき始めた頃から、私はその後一年半の間、無給で働くことになりました。途中で2,000万円の追加出資は得られましたが、私が無給になって3ヶ月過ぎた頃には、社員に給与が払えなくなり、半数以上の社員に辞めてもらいました。
さらに、残った社員も給与半額で働いてもらうことになりました。残った社員には、こういう状況なので、他社に転職することも認めていました。しかし、彼らは一年後に全額払えるようになるまで、給与半額で頑張ってくれました。そのことには、今でも感謝しています。
──初の3年の間、辞めようという思いはありませんでしたか?
撤退はありえませんでした。実は、無給のときでも、私は苦しいとか辛いと思ったことはありませんでした。いや、もしかすると瞬間的には思ったのかもしれませんが、忘れました(笑)。
でも、何よりも自分が好きな事をしているのですから、そこから逃げ出したいという思いは起るはずありませんよね。それに何より、成功を確信していましたから。
ちなみに、無給になったのは、2番目の子どもが生まれて1ヶ月目だったのです。
さすがに妻に無給になることを告げるのは厳しいなぁ、と思っていたのですが、妻に「今月から会社からの収入が無しになったから。」と伝えとき、妻は「あ、そう。」と答えただけで終わったのです。
このことが、私にとってどんなに救いだったか。
その後しばらくして、妻に当時のことを尋ねたのですが、妻は「私はお金に一生困らないと思っていたから。」との答え。
これは、実は私もそう思っていて、夫婦共々「お金には困らない。」という、根拠のない思い込みがあるわけですね(笑)。
それから、「給料がなくなる」と言っている私の態度が自信満々だったので、妻も大丈夫だと思ったようです。
──とはいえ、生活はどうしていましたか?
クレジットカード5枚くらいを、全部限度額いっぱいにして、生活していました。
アメリカはカードの審査が日本と比べると緩いのです。毎月、最低限の金額を払うだけにして、何とかやりくりしました。
──個人では借金はしていたけれど、事業での融資は受けない、ということですか?
私は、起業して間もない時期に融資を受けるのは賢明でないと思っています。特に個人が起業するのであれば、融資ではなく投資家からの出資を受けて始めることをお勧めします。
──楽天のミニブログみたいなサービスというのは、ある意味、早すぎた気がするのですが?
今まで、ビジネスが早すぎて飛び立たなかったなぁ、という経験が、3回あります。
新規事業というのは、どんなに有望なアイデアであっても、市場から3歩先に行ったらダメですね。半歩先くらいがちょうどいい。
──起業となるとどうしても、新しいビジネスをしたい、「これ、絶対に今後くるから。」という考えにとりつかれてしまいがちです。私も結構、痛い目にあっているのですが、そのあたりはどう思いますか?
これまでに存在しない新規のビジネスだと、市場に対してゼロから説明しなきゃいけないじゃないですか。
何かを例に話ができないので、投資家にしてもお客さまにしてもイメージがわかないし、とにかく全てにおいて事業のレバレッジがききません。
だからこそ半歩先のビジネスモデルが良いです。半歩先のビジネスモデルを見つけたら、ゆっくりと導入して、周りが少し騒ぎ始めるまで暖めて待つ。焦ってやる必要は全くありません。
焦ってやったらお金が出ていくだけで、無駄な苦労をするだけです。少々ざわついてきた時、一気にリソースをかけるのです。
または、誰かの成功例にならって、その二番煎じを狙うというのも良いです。これはレバレッジが、かなり効きます。5番目とか10番目だと遅過ぎですが、2番または3番目くらいなら、おいしい汁を吸えると思いますね。
結局、日本で成功している会社というのは、最初にやった会社じゃないですよね。2番目に始めた会社が結構成功しています。たとえば今インターネットで儲かっている会社でいうと、楽天もそうだし、ソフトバンクもそうですし、彼らの成功しているビジネスサービスのどれもオリジナルではないですよね。
ソフトバンクもアメリカからヤフーを持ってきたわけですし、楽天のモールもアメリカや日本の先発企業を真似たものですから。
このように儲かるということだけを考えるのであれば、二番煎じの方が儲かります。でも、世の中を変えたいとか、起業家としての満足度、心の充足感を得たいのであれば、半歩先のビジネスモデルに取り組むことでしょうね。
──会社がどん底だった時に、業績が上がったのは何がきっかけでしたか?
最初は、売れない理由が分かりませんでした。なぜ売れないんだ?売れないのは、お客が悪いんじゃないかと。買ってくれないお客に対して「分かっていないなぁ、こいつら。これを使ったら絶対に儲かるのに。」と、そういう態度でした。
でも、「売れないのは、お客さまが欲しいものを提供していない自分たちが悪いんだ」ということにやっと気がついたのです。
まず、お客さまを感心させたら売れないということに気づきました。
私はコンサルタントだったので、知識もあって、理路整然とお客様の質問に対して完璧に答えます。それを聞いたお客様は、感心してくれます。ところが、この感心することは、お客さまが私に対して引け目を感じてしまうことになるのです。つまり、私と一緒にいるとお客さまは心地よくないわけですね。
誰だって、心地よくいたいし、そう思える相手と商売したいですよね。だから買ってくれなかったのです。それに気づくまで2年半ほどかかりました。よい勉強でした。
このことに気づかせてくれたのが、当時アメリカで「ダイレクト・レスポンス・マーケティング」という手法に出会ってからです。
ダイレクト・レスポンス・マーケティングを学んで、気がついた一番のことは、「与えると返ってくる」という商売の極意でした。
商品を売るとなると、とかく私たちは「この商品いいですよ、買って下さい」というアプローチです。そのために、商品の良さをアピールして、お客さまの財布からお金を引き出すといった感じです。
これは、まずはお客さまにお金を出してもらって、その後でこちらが商品を渡す、言うなれば「こちらが受け取ってから、与える」といったアプローチです。
ダイレクト・レスポンス・マーケティングでは、まずこちらから先にお客さまにとって価値のあるものを与える。そして、お客さまがその価値を認めてくれたら、こちらの商品を買ってくれる。そういう流れで商売をします。
例えば、こちらがお客さまに商品のサンプルや、お客さまにとって価値のある情報をレポートにして、無料で差し上げる。このサンプルやレポートをもとめる人は、こちらの商品を買ってくれる見込み客となります。
そして、サンプルやレポートに価値を認めてくれたお客さまが、こちらを信頼して商品を買ってくれる。まさに、「与えると返ってくる」法則が商売に生きるわけです。
このスタイルの商売に変えたところ、お客さまが一気に増加しました。それだけでなく、ファン客になって口コミで紹介してくれるようにもなったのです。それがビジネスを順調にしていくきっかけとなりました。
──「情報商人」という切り口で事業を始めたのは、そのあたりですか?
そうですね。
ダイレクト・レスポンス・マーケティングを通して、インターネットではお客さまは商品を買っているのではなく、情報を買っているということに気づきました。
例えば、アップル社のMacを買うにしても、インターネットではお客さまはMacという製品を買っているのではなく、Macに関する情報を買っているのです。
こう言うと、「そんなことないですよ。インターネットで買っている人は、Macだから買っているのです。」と反論もあるかと思います。
でも、Macの紹介ページに記載されている情報、例えば価格が他の同性能のWindowsパソコンの2倍以上だったら人は買うでしょうか?Macの写真の下 に、店長のコメントが「このMacはオススメしません。」と書いてあったら、さすがにMacが好きな人も買うのをためらうのではないでしょうか。
インターネット上で私たちがやっていることは、情報の確認です。知りたいことを探したり、情報の価値を確認したいのです。
その商品が自分にもたらしてくれるメリット(価値)を知りたくて、インターネットをチェックしているのです。
このように、お客さまがインターネットでもとめているのは情報であると氣づいたとき、情報そのものを販売すれば売れると思ったのです。
──それを提唱し始めたのは、2003年頃でしょうか?まだ、「情報商材」という言葉もなかった時代ですよね
そうですね。2003年からインターネットビジネスのノウハウをレポートにまとめて販売を始めました。そして、2004年に『情報商人のすゝめ』(総合法令)を出版して、情報商材の販売が日本でブームになりました。
──「情報商人」という概念は、岩元さんにとって、新規ビジネスのイメージだったんでしょうか?
いえ、もともとイーモールゼロを導入してくれたECショップのオーナーに、マーケティングを教えることを目的にレポートを書いたのが最初ですから、既存のビジネスの延長上にありました。
私はこれまで新しいビジネスアイデア、新規事業をいくつも起こしていますが、従来のビジネスとまったく関係のない新規ビジネスに取り組んだことはありません。なぜならレバレッジが効かないからです。
事業を展開していくときに、従来の事業で培った資産(ノウハウや顧客データベース等)を使えないビジネスは、絶対にしてはいけない、と思っています。
効率が悪いですよね。まぁ、これも過去に3歩先のビジネスアイデアを事業化しようとして痛い目に合った経験からの学びですね。ビジネス展開では、レバレッジをきかせることがとても大切だと思います。
──その時、サービスのブランディングではなく、社長自身のブランディングをされたわけですが、それはなぜですか?
書店に行けばその理由がわかると思いますよ。なぜなら、成功している会社は、必ずと言っていいほど、社長の本や社長を紹介する本、雑誌が出ています。
つまり、社長の顔が見えていて、社長の考えが知られている。市場は「こういう社長がやっている会社なんだ」と見るわけです。
社長の顔が見えない会社よりも見える会社の方が、お客さまとしても親近感がわきますよね。実際、今もお客さまの中には、私に会いたくて会社のオフィスに来社するお客さまもいるほどです。
なので、私は好んで自分を売っているのではなく、事業のブランディングのために自分が前に出ることにしました。
──ご自身を売っていく際、人々が、本当の自分を見てくれないかもしれない、という恐れはありませんでしたか?
全然なかったですね。会社の社長ということは、ある意味公人でもあるわけです。
知られてなんぼの世界ですよ(笑)。
ただ、自身を売り出した当初は、メールマガジンの読者から、「駅のプラットフォームに立ったら、背中に気をつけろよ」といった、脅迫じみた変なメールを送ってくる人もいましたけどね。
そんなメールを最初見たときは、「え!」って、ビックリするじゃないですか。でも、ものは考えようで、そういうメールが届いたら「この人は私とつきあいたくないと教えてくれたんだ、これを教えてくれなかったら、その人にいつまでもメールを送っていることになった。
メールは、読んでもらいたい人に読んでもらうのが一番。だから、わざわざ読んで欲しくない人が名乗り出てくれて、ありがとう」と考えたのです。
「ありがとう。」そういう風に考えることができたので、批判的な反応に対しても、比較的楽でした。そうしていくうちに、批判するようなメールは一切届かなくなりました。これは感謝の持つ徳の力だと思います。
──マインドチェンジができた、ということですね。ご自身のブランディングをしていく上で、予想していなかったメリットはありましたか?
会いたい人に会えるようになりましたね。会いたいと思えば、大抵の人が喜んで私と会ってくれるのです。先方が私のことを知っているというのは、会ったときのラポールを築くのが楽なので、とても効率的で建設的な話になります。これもブランディングの効果ですね。
それから、自分が表に出ることは、自分を磨くことになりますね。常に見られるといった意識になるので、自分を磨くようになります。
ただし、経営者が自分自身を前面に出してブランディングするのは、これからは変わってくるのかなと思ってもいます。
やはり、時代時代にあったやり方があるのだと思うのです。これからの時代、長期的に組織が発展していくには、社長が自分を売ることなく、組織のあり方、社員が売り物になっていく時代になるのではないかと思っています。
──なぜ時代がそのように変わったと思われるのですか?
(ツイッターやフェイスブックといった)ソーシャルメディアのように人々が、個人メディアを持ち始めたからです。これまでは、カリスマ的な中心の役割がいて、そこに集約される、というのが主流でしたが、今は広く分散して、小さな個人メディアを中心に、その周りの人達を取り込んで大きな波を作っていく時代なのだろうと考えています。
そこで、現在着手しているディマティーニ・メソッド日本普及協会では、社長の私が前面に出ることなく、このプロジェクトに関わる一人ひとりの力を大いに発揮する形で、社会を変革していくことを考えています。
──ダイレクトレスポンスマーケティングは、非常に効果的だというのは分かるのですが、正直、胡散臭さが気になります。それは、なぜなのでしょうか?
どんなに立派で崇高な手法でも、それを使う人がどんな目的を持って、またその手法をどのように解釈して導入するかで、その評価は大きく違ってくるものです。
ダイレクト・レスポンス・マーケティングは、セールスレターの書き方に頼るところが大きく、ともすると誇張した表現を使って人の心理を煽るといったことが行われることがあります。
例えば、売りたいがためにセールスレターに「一ヶ月で億万長者になれる」などとありえないことをキャッチコピーに書いたりすることがあります。
そんなありえないようなことを信じてしまうのが、人の心理です。冷静に考えればわかるようなことでも、お金に困っていてお金に目がくらんでいると、そうしたキャッチコピーに釣られて、買ってしまうってこともなきにしもあらず。実際、そういった例が数多くありますから。
しかし、ダイレクト・レスポンス・マーケティングの本質は、キャッチコピーではなく、あくまで「与えたら返ってくる」法則に則って、見込み客との信頼関係からお客さまになっていただくという誠実なものなのです。
私がダイレクト・レスポンス・マーケティングを活用した情報商材の販売ノウハウを紹介したこともあって、「あのように人の心理を煽るようなビジネスを広めた責任は、岩元さんにもあるのではないか。」と言う方もいます。
私が意図したこととは違ったビジネスが一部で起ってしまっているのは、とても悲しい事ですが、本来のダイレクト・レスポンス・マーケティング、情報販売ビジネスは、健全で社会に役立つものであるということを申し上げたいです。
現在は、ダイレクト・レスポンス・マーケティングに個人的な関心はかなり薄くなったので、他の事業に取り組んでいる状況です。やはり、自分が楽しいと思えないことは、いつまでもやりたいとは思えないですから。
ビジネスに取り組む基本は、それをやることが楽しいと思えるかどうかだと思います。ビジネスは、業績だけを見えれば山あり谷ありの世界ですから、楽しいと思うことをするのが一番です。
──ということは、マーケティングの手法は追求するけど、その手法だけを紹介するようなところからは離れてきている、ということでしょうか?
そうですね。ビジネスで成功する方法を模索すればするほど、本質的には人間とは何か?人生とは?自然の仕組み、宇宙のあり方といった思想的、哲学的なことに行き着いて、講演やコーチングでも自己啓発的な話を語ることが多くなっています。
結局、ビジネスはお客さまあってのことなので、マーケティングはとても重要なのですが、それでもマーケティングだけでは超えられないところが多くて、つまるところ、経営に携わる人の人間性に行き着きます。
ビジネスですから、利益を上げるのは命題です。一方で「やりたい事をする」という人としての欲求も満たすことです。人として自分がやりたいことをするという のは、人間行動の本質であると思うのですが、本質を追究しすぎると儲からないビジネスになってしまうこともある。そのあたりをどう調整するかがビジネスの 面白いところです。
そのためにはマーケティングのノウハウと言った知識がないと絶対に超えられないし、同時に人としての思想もしっかり持っていないといけないし、知識と思想はどちらか一方だけでなく、両方とも大切なのですね。そのバランスが本当に重要です。
──大学でもマーケティング理論を教えていますが、実際の起業の現場ではほとんど使えない気がしています。どういうところから、起業家はマーケティングを勉強したら良いでしょうか?
大学で勉強するのは、知的な勉強じゃないですか。それはそれで面白いと思いますが、実社会の現場でその知識を使おうとすると、なかなかうまくいかないものです。
まだ、私がコンサルティングをしていた頃は、知識がそのまま通用していたと思います。でも、最近はほとんど通用しなくなりましたね。それはソーシャルメディ アの時代になって、顧客とのダイレクトなつきあい、パーソナルタッチの時代になってきたので人間的な要素が強くビジネスに影響してくるようになったのだと 思います。
そこで、マーケティングを学ぶのは教室ではなく、現場が一番です。私は、生活者の誰もが、実はマーケッターだと思っています。
実際に、私たちの誰もがマーケッターの顔を持っているのです。
たとえば雑誌を読んでいると、広告がたくさん掲載されていますよね。ほとんどの広告にはさらっと目を通すだけで、素通りです。でも、その中である広告に目がとまった。誰もがそういう経験をしていると思います。
これは、何を意味するかと言うと、雑誌に掲載している会社が知恵を絞って作成した広告を、コンサルタントのようにスクリーニングをして、その中から上手な広 告を判断した、ということになるわけです。目にとまらなかった広告は、それがダメな広告だったと判断したということです。
このように、プロ のマーケッターやコピーライターが作った広告を、私たちは、日々レビューしているんです。つまり、私たちはプロのマーケッターの上司であるかのように、彼 らの仕事をレビューしている。それだけのマーケティングのスキルを持っているから、それができるのです。このことに、ぜひ気づいて下さい。
これからは広告を見て面白そうだな、と思うことがあったなら「なんで自分はこれを良いと思ったんだろう?」と考えてみて下さい。「このキャッチコピーに惹かれたなぁ」とか、「このデザインの配色が注意をひいたなぁ」といった具合で、広告作成のスキルを磨くことができます。
日常生活で、私たちは街を歩きながら、様々な広告を見ています。そして、お店で何かを買ったときは、その後に「私はどうやってこの商品を見つけたのか?」 と、商品の存在を知ったプロセスを振り返るだけで、かなり実践的で役に立つマーケティングの手法を学ぶことができるのです。
──教材があちこちにあるということですね
そうです。
大学の講義室でなく、外のほうが、実践的な教材がたくさんあるのです。
買い物をした人に「なぜ、それを買ったのか?」と聞いてみると、最終的には店員が誰だったかに行き着きます。つまり、購買決定の最終的な要因は「人」なのです。どんなに商品が良くても、店員の態度が悪いと買いません。
一方で、担当の店員に好感を持ったらすぐに買います。なので、マーケティングの行きつくところは、人です。人は、嫌いな人からはモノを買わないのですね。
──それはつまり、広告には人はいないけれど、広告の向こう側にいる人と、顧客はコミュニケーションを取っている、と考えていいでしょうか?
やっぱり、人間性というのは伝わります。
──岩元様は、今後、どのような社会や経営スタイルが来ると思われていますか?
「和」の社会だと思っています。そして、私は、「和」の社会がつくられていく中の、一つの役割を担いたいと思っています。
2007 年くらいまでは、私は、社会をより豊かにする知恵は、日本よりもアメリカの方が優れたものがあると考えていました。だから、アメリカの文献 をよく勉強し、セミナーもアメリカのものしか参加しませんでした。しかし、今は日本の智恵というか、東洋の智恵を、世界が必要としていると考えるようになりました。
世界のルールは、政治的にも社会的にもアメリカ的な考えが強く影響しています。しかし、現在の世界の状況を鑑みると、アメリカ的な思想を基にした社会は、いつまでも軋轢を持ち続けると思わざるをえないような状況です。現在の社会も広い意味では、バランスが保たれた調和のとれた社会といえるでしょう。 しかし、それよりももっと穏やかで、人々が公平で安心して暮らせる、より高いレベルの調和のとれた社会を築くには、日本の「和合」の精神が必要だと思うよ うになったのです。
「和合」とは、バランス思考です。プラス思考はマイナス思考を無視したり、避けたりするところがあるので、自然界の視点で考えると不自然であり、不完全です。日本の「和合」の考え方は、味方と敵を抱き参らせる、つまりプラスとマイナスの両方を必要なものとしてみなす考えです。
「和」の 考えについては、日本人であれば多くの人が「そうですよね」と直ぐに理解し、賛同してくれます。しかし、実際にはなかなか「和の精神」を行動に写してくれません。バランス思考ではなく、マイナスを避けたり、無視するプラス志向で行動します。その結果、プラスをもとめているのに、人生はプラス ばかりは起らないということにストレスを感じ、自らを苦しめています。
「和合」のバランス思考を、いかにして概念レベルではなく、もっと深いレベルでの気づきに昇華して、実際の行動につなげてもらえるような、何かよい 方法はないだろうか?と探し求めていた時に、2011年に人間行動学の世界的な第一人者であるドクター・ディマティーニが開発した「ディマティーニ・メソッド®」を知りました。
ディマティーニ・メソッド®は、量子力学、生理学、哲学、形而上学、心理学、神経学、天文学を基にして開発された 自己変革プログラムで、人生のあり とあらゆる出来事のプラス/マイナスの二面性を明らかにし、その両方がバランスが保たれていることを体験的に知ることになる画期的なメソッドです。
そこで私は、日本に和に基づく社会の構築を目指して、ディマティーニ・メソッド®を日本に普及していくためのプロジェクトを立ち上げました。
──「和」の社会というのは、バランスとか、融合といった意味でしょうか?
はい、すべての物事には二面性(善い/悪い、正しい/間違い、プラス/マイナス等)があって、それらは完全にバランスが取れています。これは、自然界、そして宇宙に存在するすべてのことに共通する原則です。
そして、私たちの人生もこの原則の基にあります。この常にバランスが保たれているということ自体が、私たちが安心して、豊かに、幸せに暮らしていくことができる源なのですね。このことを心から深く認識すると、自然と感謝に溢れた状態になります。
これは言葉では、どんなに上手に話しても、伝えることができません。実際に体験してみないと、私の言っている意味の10分の1も理解できないでしょう。それ はまるで、ラーメンの美味しさを、言葉で表現しきれないのと同じです。ラーメンを味わうのと、バランスと感謝を体験するのは、同じくらい言葉では 表現できない深遠なものなのです。
私は、ディマティーニ・メソッド®を、できるだけ多くの人に体験してもらい、一人一人が自分らしく生きて いくことに目覚めて欲しいと考えています。 私たちは自然の一部です。自然界にあるものが、それぞれそれ本来の姿で完全に調和しているように、私たち一人ひとりが自分らしく生きることが、とても調和 のとれた社会になると考えています。
注意して欲しいのは、調和とは、争いがないということではありません。争いと平和のどちらもありつ つ、争いを楽しむことがいられる感覚です。例えるなら、憎しみによる戦争ではなく、武道の試合のように相手に敬意を持って戦い、試合が終わればお互いの健 闘を称え合う感覚です。
──話はかわりますが、アメリカにおいて、ビジネスに対する意識は変化してきていますか?
トレンドとして、以前は、就職先を選ぶのに給与の高さが基準になっていましたが、最近はザッポスのように、働きがい、楽しいかといった基準で選ぶようになったようです。
リーマンショック以来、金融街のお金をゲームにして荒稼ぎするやり方に対して、マネーゲームへの嫌悪感が強まっている傾向にあると思 います。また、これはアメリカだけでなく、日本も含めて世界的にスピリチュアルブームというか、心の豊かさや心の解放を求める傾向が強いと思います。
これも、バランスの力学が働いているからなのでしょう。アメリカでは1995年から1999年まで、ネットバブルがあって、楽に安易に儲けようという志向から、2000年にバブルが崩壊して「お金のもろさ」を多くの人が感じました。でも、私たちはなかなか一回では学べないのでしょう。今度は不動産バブルが起きました。それが、リーマンショックで一気にバブルがはじけて、今回のことでだいぶ真剣に学んだように思います。
──アメリカでは、いかに儲かるビジネスか、という判断基準が主流だったと思うのですが、投資家の判断も、今は変わってきているのでしょうか?
投資家も投資先の会社の社員の満足度を重要視しているように思います。というのもどうやら社員のやる気や幸せ度が、会社の業績につながるという認識を持ち始 めたからだと思います。IT企業の中で成功しているグーグルやフェイスブック、ザッポスといった企業のように、社員を楽しませるための工夫を色々とやって いるところが増えています。そして、そういう企業がもっとも利益を上げており、企業価値も高いです。
社長のスキルやテクノロジー 以上に、社員の満足度の高さを投資判断として重要視しているということです。実は、アメリカではちょっとしたジャパナイゼーション(日本化)が進んでいま す。以前は、日本に対してエキゾチックなものとしての見方が一般的で、日本に興味を示すのは、そういう風変わりなものを 好む一部の人であったのですが。今は、広く一般のアメリカ人が、エキゾチックなものではなく、日本のものを当たり前のように受け入れています。
アメリカの学校に通っている私の子ども達が日本に行くとき、アメリカ人の友人達から「日本に行くの?いいなぁ」と言われるのだそうです。なぜなら、アメリカの子供たちから見た日本はテクノロジーやクールな文化が進んだ国、といった印象があるのです。
それはそうかもしれません。なぜなら、アメリカの子供達が触れるものは、日本製のものがほとんどだからです。スーパーマリオ、キティちゃんなど、子供が好むゲームやテレビ番組には、日本のものが大変な人気で、彼らからすると日本は「クール」な国なのですね。
ということは、日本の起業家にとっては、すごいチャンス、ということですね。昔なら、アメリカでウケたものを日本に持って来ればビジネスになったのですが、今は逆、ということですね。
そうなんです。日本でウケるものをアメリカ仕様に変更せずとも、アメリカでウケる時代になりつつあるんです。
特に、今のアメリカの子ども達が成長した、5年後、10年後は、アメリカ市場は、日本にとってすごく親和性の高い市場になっていることでしょう。もちろん、もっと親和性の高い中国や韓国のマーケットは、ご存知のように経済が急速に成長しているのですから、私たちが日本を超えて、海外に移住する覚悟を 持ちさえすれば、日本人の活躍の場はさらに広がるだろうし、未来は明るいと思いますね。
──起業家がアメリカ進出するにあたっての、注意点はありますか?
マインド面で、日本人に執着しないことでしょうね。これまでは、日本人がアメリカに進出するとき、日系人のマーケットを手始めに始めようとするケースが多いのです。その時点で、もう負けていますよね。何のためにアメリカに進出するのか?本来の目的を間違ってはいけません。
あとは法律ですね。弁護士も日本人弁護士ではなくて、ユダヤ系の優秀な弁護士を雇うことです。でも、スゴイお金を請求されますけどね(笑)
──ということは、日本よりも法律が重視されるということですね
アメリカは、日常的に訴訟があります。私の友人が、会社名ではなく、個人名で資産額が表に出てしまいました。そうしたら、その日から見たこともあったことも ない人から、訴状が送られてくるようになりました。「家の前で転んだ」とか「カベの色が合わない」とか、何でもないことを訴状にして送ってくるんです。
そんな訴状が月に百通も来ると、いちいち対応していられないですよね。時間もお金もかかるので、和解した方が金額も安くつくし、時間もかからないということで、仕方なく和解してしまうわけです。資産を持っているだけで、訴えられる、日本では考えられないところがあるので、訴訟についてはよく勉強して おくとよいでしょう。
──ここまで話をしてきて、岩元さんは、ご自身のミッションがとても良く見えているように思えるのですが、そのようになるには、何かきっかけがあったのですか?
自分の人生を振り返ったときに、全てのことが1本の線になってつながっている事に気がつきました。
たとえば、私は若い頃から成功意欲が強かったので、負けず嫌いなところがあります。負けず嫌いというのは、人の成功を認められない、という側面を持ちます。 でも、それが嫌なんですね。例えば、誰かが成功して、それを認められない自分に気づくと、「他人を認められない自分は、なんて、器の小さい人間なんだろう。」と、落ち込み、情けなくて、悲しくなります。
で、ある時に出口光さんの『天命の暗号』という本を読んで、自分が繰り返し嘆いていることの中に、天命のメッセージが隠れているということを知ります。
私が事あるごとに、他人に嫉妬して、その度に嘆いてしまっている。これは、その嘆きの中に天命のメッセージがあるということなのです。私は出口光さんに実際にお会いして、そのことを確認しました。
今 の仕事や、過去にやってきた仕事を振り返ってみると、私は、アメリカに暮らしながら、日本に会社を設立して運営しています。離れて会社を運営するには、日本のスタッフを信じて、任せるしかありません。そして、そのために、彼らの能力を認めることが必要です。つまり、日本のスタッフを認めないとできない運営 方法なのですね。
それから、私はコーチングの仕事をしていますが、コーチというのは、クライアントがこうなりたいという願望と目標について、その実現をサポートする仕事です。クライアントがその目標を実現できる能力があることを認めることができないと、コーチングの仕事はできません。
クライアントに「それは、君には無理だよ。」と言ったらおしまいですよね。「君ならできる」と思うから、コーチングができるのです。つまり、自分は人を認めることを重要とされる仕事をしているということに気づきました。
他人を認めることを命題としている私の天命は、「教える」ことであり、それこそ自分がやりたいことであるということを知ります。
実際に、私の書斎や仕事場には、本がたくさんあります。私は本を買うときに本の値段を確認したことは一度もありません。私にとって、本は、お金以上に価値があるものなのです。
では、本を何のために買うのか、というと、自分に知識を得て、それを人に教えるためですよね。
教えること、指導することが、自分の天命だと気づいたとき、これまで以上に思いっきり教えることに注力しようという思いが強くなりました。
「天命」に気づくことのメリットは、人生により真摯に向き合うことができるようになることでしょう。そして、意欲がより大きなレベルでの達成を目指すようにな ります。私の場合、「和合=バランス思考」を、日本全体からアジア地域を含めて広めたいという達成意欲に昇華しました。
人生と天命が明快につながった時は、嬉しいですよね。
感動しますよ。
前に起業する時、大手の通信会社から講演のオファーをもらった、という話をしました。実は、私はその頃の私は、人前で話をすることがまったくできないあがり症だったのです。
コンサルタント時代も、クライアントの前で発表することができずに、随分と恥ずかしい失敗をしたことがあります。なので、人前で話ができない、緊張してしまうことは、私にとってトラウマとなっていたほどです。
それが面白いことに、講演の依頼が私の起業の大きなきっかけとなったのですから、人生とはよく出来たものです。
実は、講演の依頼を承諾した後に、「ところで聴衆は何人ですか?」とメールで尋ねたのですが、その返事が「1,000人です」だったので、私がどれだけ慌てたか想像できるでしょう。
講演の前日、大阪のリーガロイヤルホテルのスイートルームでは、翌日講演する時に着る予定のスーツを着て、講演で話す内容を一字一句書いたノートを手にもっ て、予行演習をしました。深夜になっても練習を続け、鏡の前でパソコンに写るパワーポイントを開いて、何度も一睡もせずに練習しました。
そして講演当日、緊張感で心臓のバクバクする鼓動を感じながら、名前を呼ばれて舞台に向かいました。演台に置いてあるパソコンのボタンをクリックして、パワーポイントを開きます。そして、参加者に目を向けた時、奇跡が起きたんです。照明がおりて、私にスポットライトが当たります。すると、スポットライトが まぶしくて、1,000人の聴衆が全く見えない状態になっているのです。
私が見えているのは目の前のパワーポイントだけ。これは、昨夜の練習の時と全く同じ状態でした。そのおかげで、私は緊張すること無く、完璧に講演することができたのです。
私にとってトラウマである人前で話すことが、私が子供の頃から思い続けた起業をするきっかけとなった。これはもう何と言ってよいのか….
現在、本を書いたり、日本とアメリカで講演するようになり、様々な職種の方々にコーチングをし、リーダーを育成する『自分維新の会』を主催しているのは、元はといえば、あの1,000人を前に講演したことが、道を拓いたのだと思います。
それが私の天命なのだ気づいたとき、思わず上を向いて、天に「ありがをとう」と言ったほどです。
──今日は小学校4年生の時からの話をお聞きしましたが、まさに、全部がつながっていますよね
これは、私だけに限った話ではありません。誰もが天命を持っています。そして、誰もが皆、まさに今、その天命に生きているのです。ただ、多くの人はそれに気 づいていません。大切なのは、自分の人生に一貫して起きていること、そして今就いている職業の意味を考えてみることです。
そうすれば、きっと自分の天命に気づくことでしょう。
出口光さんのアドバイスから、自分の中で繰り返し嘆くことの中に、天命のメッセージがある。自分が苦手だと思っているトラウマ的なことを、乗り越えることが天命と関係している可能性は高いです。
全てはバランスです。
悪い悪いと思っていたことが、実はプラスにつながっているものです。この世界は完全にニュートラルな状態です。善くも悪くもありません。悪いだけではありえない。善いということだけでもありえない。
それを確信して、天命に目を向けてみて下さい。
──儲かることを中心に考える起業家もいますが、そのことについては、どう思いますか?
お金を儲けるということは、非常に素晴らしいことだと思います。
ともすると、私たちは本心では、お金が好きなのに、お金儲けをすること、そのことを公言すると、それは好ましくないことだとする社会的な見方があります。しかし、それは本心を偽った偽善です。お金儲けをすることが悪いなんてことはまったくありません。
オリンピックでメダルを取るのと、同じくらいに称賛されるに値することだと思います。
例えば、演劇について考えてみましょう。演劇には様々な配役がありますよね。俳優一人ひとりに、役があてられます。皆が同じ役をやったら劇は成り立ちませんね。それぞれが違う役をやってこそ、演劇が成り立つのです。
人生もそれと同じです。
全 世界には何十億という人がいて、一人ひとりがユニークな存在であり、それぞれ固有のミッションを持っています。そして、中にはお金を儲けることをミッショ ンとして持っている人もいておかしくありません。その人のミッションがお金儲けならば、ミッションに生きることはスピリチュアルな活動です。だから、その人がお金儲けをすることは、スピリチュアルな活動となります。
アメリカの不動産王と呼ばれるドナルド・トランプのことを、「お金の亡者」だとして、批判する人がいます。しかし、ドナルド・トランプは彼の天命であるお金儲けに生きているのです。彼は、マザー・テレサやガンジーと同じくらいスピリチュアルな存在だということです。
信仰やヒーリングだけがスピリチュアルだとするのは間違いなのです。
それに世界全体としては、ドナルド・トランプにようにお金儲けばかりに関心を抱いている人もいれば、ダライ・ラマのように精神世界を追求する人もいるというように、全体としてのバランスが取れているものなのですね。
もちろん、一人の人間の中でバランスをとった生き方もあるでしょう。
いずれにしても、世界全体でみるとバランスが取れているものなのです。お金儲けをしたいという純粋な思いは、信仰を貫きたいと思うのと同様、崇高な行為であり、誰からも非難される所以はないと思いますよ。
──日本には、失敗してはいけない、という雰囲気が強くあり、起業家が萎縮して、成功するための「正解」を求める傾向にあると思うのですが、そのあたりは、どう思われますか?
そうですね。とても面白いことなのですが、失敗したくないから、事前によく勉強して知識やノウハウを得ようとする人がいます。
でも、成功している人というのは、まず間違いなく、普通の人達よりも数多くの失敗を経験している人達だということです。
成功している人は、たくさんの失敗を経験している人だというのに、これから成功しようと思っている人は、失敗を避けようとしている。
何かおかしいと思いませんか?
原因と結果の法則があります。
成功という結果を得た人は、たくさんの失敗(原因)を経験した上でそこに到達している。
一方で、失敗はなるべくしないで、成功者と同じ結果をもとめる人がいる。
異なる「原因」でもって同じ「結果」を得ようとしているのです。私には、どうみても異なる原因で同じ結果を生む可能性は小さいと思えてなりません。
失敗を避けるために学ぶのではなく、失敗を怖れない。失敗したら「よし、これで成功に一歩近づいた」と思えるメンタリティを持つことです。
──最後に、これから起業をする人へ、メッセージをもらえないでしょうか
やりたい事をやってください、ということです。
バランスの法則から考えれば、私たちは人生で何も失うこともなければ、得ることもありません。
富を得たと思っても、実は新たに得たものではなく、元々自分が別の形で持っていた富が「お金」という形に変わっただけです。
また、自分に都合がよいことを得た時、同時に不都合なことももたらされています。私たちは、どちらか一方に偏った見方しかしていないから、それに気づいていないだけ。
すべてのことが常にバランスがとれたニュートラルな状態なのです。
だからこの、この人生を思いっきり楽しんで、遊んでみたらいい!人生を目一杯味わい尽くせばいい!
結局は、心が満たされることが、人生最大の目的なのでしょうから。
最後に、私が活動しているディマティーニ・メソッド日本普及協会のホームページにぜひ訪れてみて下さい。
http://www.japandma.com/
起業家精神旺盛な未来の日本を担うリーダーとなる皆さんと、近いうちにお会いすることを楽しみにしています。
本日はありがとうございました。
編集後記
岩元社長のお話を聞いて、小学校の時から、今の岩元社長まで、一つの線できれいにつながっていたことが、印象に残りました。
起業を決意しても、途中で挫折してしまったり、また違う道に進んでしまうことは良くあることです。その点、岩元社長はどんなに困難な事があっても、初志貫徹で、最初の想いを最後まで実現されていました。
岩元社長はインタビューの中で、何回も「バランス」という言葉をおっしゃっています。
起業をすると、自分がしたいことを優先すべきか、お金儲けを優先すべきか、迷ってしまうことがあります。そんな時、自分のミッションに従うことが、自分自身 にとってもバランスがとれ、また社会の一員としてバランスが取れる結果につながる、という考えが興味深かったインタビューでした。
起業で苦難に直面すると、ついつい、自分と向き合わず、自分にいい訳をしがちですが、自分に正直である事の大切さを学ばせてもらいました。