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プロフィール:出口治明 代表取締役社長

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。
企画部や財務企画部にて経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に東奔西走する。
ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。
2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。
2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。現職。

主な著書
「生命保険はだれのものか」(ダイヤモンド社、2008年)
「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社、2009年) 「生命保険入門 新版」(岩波書店、2009年)
「『思考軸』をつくれ」(岩波書店、2009年)
「常識破りの思考法」(日本能率協会マネジメントセンター、2010年)
「百年たっても後悔しない仕事のやり方」(ダイヤモンド社、2011年)
「仕事は”6勝4敗”でいい『最強の会社員』の行動原則50」(朝日新聞出版、2012年)
 

編集前期

今回、インタビューにご登場頂くのは、事業開始後、わずか3年半で契約件数10万件を獲得し、マザーズ上場を果たしたライフネット生命の出口社長です。

ライフネット生命はマザーズに早期に上場しただけでなく、ネット販売を中心とする戦後初の独立系生命保険会社として、生命保険業の免許を取得した会社です。ご存知の方も多いと思います。

出口社長は還暦ベンチャーとして、60歳近くのときに、起業を決意したことや、30歳、年齢が離れた岩瀬副社長とのコンビもメディアから注目されました。

「保険料を半額にする」という、今までできないと思われていたことを、何故できたのか。価値観が違う人どうしが集まっても、早期に会社を急成長させることができた、ダイバーシティマネジメントの極意など、その秘密をお聞きしました。

──還暦の時、躊躇なく起業しようと決意された出口社長の、決断の早さはどこからくるのでしょうか?

直感です。僕は直感を信じています。

直感というのは過去の経験の全ての蓄積をもとに、脳がフル回転して判断しているわけです。時間をかけて考えても、いい結論にはならないと思いますので、直感を信じているのです。

──それは、サラリーマンの時や、若い時からそうだったんですか?

よく上司から、「お前は答えが早すぎる、3つくらい考える要素があるだろう、よく考えてみろ」と言われていました。でも心の中では、「5つか6つのケースを十分考えているよ」、と思っていましたけどね。

──出口社長に一番影響を与えたのは、どなたですか?

僕が一番影響を受けたのは、おそらくクビライです。大元・ウルスの皇帝だった人です。

──どこに一番魅かれたのでしょうか?

それは、彼の柔軟性ですね。

国籍とか、宗教とか、信条とか、そういうものや社会常識に一切関係なく、優れた考え方を持つ人を愛し、人を自由に使うことができる偏見のなさ、ダイバーシティ(=多様性)を大事にする、彼の生き方ですね。

──いつ頃から、信奉されてたんですか?

中学生の時からですね。

中学生の時から、プルタルコスが書いた英雄伝が大好きで、その延長でいろいろな人の伝記を読んできました。その中で、一番尊敬しているのは、クビライとダレイオスです。

──中学生の時に、そういった伝記に出会い、そこから、生き方とかを学んだということでしょうか?

そうです。

本当に優れた人の生き方を見たり、考え方を見れば、参考になりますね。

──参考にしている経営者とかは、いるのでしょうか?

よくそういう質問を受けるのですが、心から尊敬出来る経営者とまだお会いしたことがないんです。生きている人でも会ったことがなければ、クビライと同じですよね。なのでより優れた人から学んだ方がいいと思うのです。

僕が一番好きなのは、クビライ、ダレイオスが双璧ですけれど、あとはフェデリーコ2世とかハドリアヌス帝にも惹かれます。

僕は自分でビジネス書を書いていますので、天にツバする行為だと思っているのですが、百冊のビジネス書を読むよりは、古典を一冊読む方が、はるかに役に立つと思っています。哲学や歴史、文学を読む方が、人間とその社会がよく分かります。

なので、ビジネス書を読んだことはほとんどありません。古典の方が、はるかに面白いですね。

全てのビジネスというのは、人間とその人間が作った社会を相手にするものなので、人間に対する深い洞察が求められるのです。それは、たくさんの人に会い、たくさんの優れた本を読むことでしか養えないと、僕は思っています。

企業も全部人間だと思うのですが、数字とかビジネスモデルとかの方が重要視されることがありますよね。

数字、ファクト、ロジックが経営の根幹ですが、それは自分の頭で考えるべきものであり、ビジネス書を読んで、数字、ファクト、ロジックが強くなるとは、全く思わないですね。

数字やデータをよく見て、自分のアタマで考える方がはるかに役に立ちます。

──ところで、ライフネット生命の設立時の資本金が132億円と巨額ですが、なぜ、これだけの巨額な金額になったのでしょうか?

生命保険は内閣総理大臣の免許事業で、法定資本金は10億ですが、相場が50億から、100億と言われていました。我々は親がいない、完全独立系の戦後初めての生命保険会社なので、多めの132億円を集めたのです。

相場からすると、そんなにかけ離れているわけではないのです。銀行と保険会社は装置産業なので、当初に巨額の設備投資が必要になるのです。

──それだけの巨額な金額が必要なのはなぜなのでしょうか?

それは、システム開発にお金がかかるからです。

何十年という長期の契約をお預かりするわけですから、お客様のデータは、関東の山中と、関西の地盤の強固なところにサーバールームを借りて保存しています。そのための投資が必要なのです。

親会社があればその都度追加出資してもらえばいいのですが、ライフネット生命は独立系ですから、100億は絶対に集めないといけない、という気持ちがありました。

──資本金が集められれば、自分達が理想とする会社を作れるという判断はあったのでしょうか?

免許をもらって、人を集めて、お金を集めて、システムを作る、というこの4つの課題さえクリアできれば、十分いけると考えていました。

──免許を取るというのは、大変だったと思いますが

1年半くらいかかりました。

──その間は、資本金から食いつぶしてたんですよね

今でも食いつぶしていますよ。

マザーズに上場しましたが、いまだにキャッシュアウトは続いています

生命保険というのは、最低でも10年、20年という長いビジネスですから、最初の5年とか10年は資本金を食いつぶして新規契約をとって、後に大きく黒字化するというビジネスモデルだからです。

──今年の3月にマザーズに上場しましたが、生命保険業で開業してから、3年10ヶ月でマザーズに上場したというのは、世界新記録じゃないですか?

生命保険というのは、10年、20年経営をして、やっと黒字が出て上場するというのが普通のパターンですから。この先は、当然のことですが、数年以内に東証一部を目指します。

私たちの目標は百年後に世界一の生命保険会社になることです。

マラソンでいうと、まだ競技場を出たばかりで、まだ2,3キロ走ったくらいのところでしょう。

歴史をみると、ビジネスは初めからグローバルですから、国内で大きくなってから、その次に海外という発想は理解できないです。国内であれ、海外であれ、機会があれば、挑戦するというのがビジネスなので、ライフネット生命は初めから、グローバルというスタンスで臨んでいます。

最初の株主の中にも外資を入れたので、毎月英文でもレポートを送っています。今回、マザーズに上場しましたが、IRサイトは英文でも用意しています。私たちは小さくて、まだ赤字企業ですが、チャンスがあればグローバルに進出することを初めから想定しています。

──ライフネット生命を作られるときに、マニフェストの他「比較が簡単にできる」、「他の会社に比べて保険料を半額に」というコアバリューを立てられましたが、海外に行かれるときも、同じように考えておられますか?

生命保険は全世界免許事業ですから、それは、その国の事業パートナーと良く相談して、その国に合ったコアバリューを作っていくしかないと考えています。国によって社会保障も違い、文化慣習も違うわけですから、日本のものをそのまま輸出できるほど甘くはないです。

──ということは、ライフネット生命にとっての一番のコアバリューはなんでしょうか?

それは、マニフェストに書いてある通り、世界で一番いい保険を作るということです。

ライフネット生命のマニフェストは、「正直に経営し、わかりやすく、安くて、便利に」ですが、我々のコアバリューは、どの国であっても「正直に経営し、わかりやすく、安くて、便利な保険を供給する」ことが市民の生活に役に立つ、ということで、ここは我々のゆずれないところです。

──わかりやすく、便利というと、当たり前のように聞こえるんですが、しっかり実現されているところがすごいところですよね。私も生命保険を申し込もうとしたときに、色々と条件がついて、約款とかとてもわかりにくかったのを覚えています

ええ、わかりやすく、便利にということを、徹底して実行することは、難しいことだと思っています。

ライフネット生命の約款を読んでいただけたら、分量も少ないですし、はるかに読みやすいことに気付かれると思います。

──話は変わりますが、副社長との関係についてお聞きしたいのですが、年齢が30歳近く離れているということもあり、価値観が違ったりすることはありませんか?

価値観が違うという質問を皆さん良くされるんですが、僕には理解ができません。例えば好きな歌手であれば世代が違うということはあるかもしれませんが、ビジネスというのは、趣味で経営をするものではありません。

ライフネット生命の場合には、マニフェストというコアバリューがあり、年々の経営計画があるわけです。そうすると、僕と岩瀬にかぎらず、幹部社員で議論をして、今年の目的を達成するために、どうやれば一番合理的で、効果が大きいか、それを数字、ファクト、ロジックで議論するだけですから、むしろ価値観が違ったり、多様なバックグラウンドを持った人がいる方が良い意見が出ます。

もし、同年代で同質の人ばかりだったら、遠慮しあって、あるいは競ったりして、言いたいことを言えないままになりがちです。

むしろ、価値観が違う方がビジネス上は意見がまとまりやすいと思っています。だから、良く年齢が違って、意見が衝突しませんね、という質問を受けますが、それは、きっと趣味の経営を考えておられるんだろうと思います。

自分の価値観、例えば、「このコマーシャルがいいからすぐ実施しろ」、そういう私的趣味で経営をしていれば、年代が違っていると大変ですが、私たちはコマーシャルにしてもまず、地域を限定して小さく実施してみて、一件あたりの獲得コストをしっかり数字で調べ他の媒体と比べてどうか、という議論をして行うので、数字、ファクト、ロジックで普通に経営しているかぎり、むしろ価値観が違った方が意見がまとまりやすいと思います。

──今、趣味の経営とおっしゃったんですが、これについてもう少しお聞かせください。

個人の趣味と、経営とは無関係なものです。プライベートな生活であれば、好みはありますが、仕事というのは、会社の哲学、目的があり、それを達成するために、どうやればみんなが合理的に、そして元気に明るく楽しく働けるのかということに尽きます。仕事は数字、ファクト、ロジックのみで行うべきであって、個人の趣味や好みは関係ないと、我々は考えています。

──会社を立ち上げるときに、出口社長の想いや、こういう保険会社を作りたいとかありましたか?

「保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産んで欲しい」というのが、起業の動機です。

会社の憲法である、コアバリューはマニフェストという形で、「正直に経営し、わかりやすく、安くて、便利な商品・サービスを提供する」と、僕と岩瀬とで徹底的に議論をして、コアバリューを作りました。コアバリューを作り、会社を立ち上げて、仲間を集めた以上は、後は、毎年の経営計画をどうやって達成するかだけです。それを、数字、ファクト、ロジックのみで考えて実行するのが経営だと僕は思っています。

──最初のコアバリューを作る時のディスカッションでは、色んな意見のぶつかりあいはありましたか?

それは、5時間、6時間、と毎回議論をしていきました。議論を通して、どういう会社を作りたいかという、二人の想いで一致したものをマニフェストとして揚げているわけです。ライフネット生命という会社は、徹底的に正直に経営をして、情報公開をしよう、わかりやすく、安くて、便利な商品・サービスを提供しようということで、二人の意見が一致したわけです。

それをプロのライターに24の文章に書き記してもらって、憲法となるマニフェストを作りました。あとは、マニフェストを守って実行に移し、会社を大きくしようと考えているわけです。

──自分の個人の価値観とは違うけど、ライフネット生命としては、こうしようというものはあったんでしょうか?

価値観が違っていたら、一緒にやっていなかったと思います。

個人の生活であれば、価値観は色々違うと思いますが、ある業種を選んで、生命保険をやろうということで、二人で徹底的に勉強して調べ、どういう会社が望まれているのか議論をしました。そこから、自然にマニフェストができたわけですが、そこで、二人の意見の一致がなければ、パートナーにはなれないですね。

──その議論をとても大切にされたわけですね

会社で一番大切なのは、何をやりたいかです。

だから、僕のところによく、起業したい、起業家になりたい、という若い方がきますが、「君は何をしたいのか?」と聞きます。

僕は「世界経営計画のサブシステム」と呼んでいるんですが、

この世界をどう理解し、

どこを変えたいと思い、

自分は何を受け持つのか、

「何をしたいのか」、ということはそういうことですよね。

世界はこうで、ここが嫌だから、僕はこういうことをやって、世界を変えたい、それが何をしたいかですから、そういうことが、明確でなくて、会社を作りたい、起業をしたい、そんなものは何のバリューもないと思います。

「やりたい事を考えておいで」と言って追い返します。

──中には自分がやりたい事が明確で、マニフェストを先に作ってから人を集めるという方もいると思いますが

それが自然な姿ではないでしょうか。

僕はライフネット生命を岩瀬と二人で始めたので、まずかかげるべき旗を一緒に作っていったということです。

なぜ、このようなやり方をしたのかというと、クビライやダレイオスのやり方を見てきて、そこからダイバーシティの重要性を学んできたからですね。僕は年寄りで保険を良く知っている、岩瀬は若くて保険を知らない、それから、ライフネット生命のマーケティングを全て受け持っている中田華寿子さんというステキな女性がいるんですが、彼女も含めて我々3人はバックグラウンドが違い、キャリアも年齢も違う、そういう人間が集まらなければ、パワーにならないと思います。それは、人間の五千年の歴史を見れば、明らかですから、初めから僕はダイバーシティを求めていました。

──それは、まさに、中学校時代から読んで学んできたことを、一貫して実行しているということですね

そうです。

僕は、寝ること、食べること以外には、本を読むこと、そして旅をすることくらいしか趣味がありません。最も影響を与えてくれたのは、本ですね。本を通じて、いろいろな人生を学んできました。

──「遺書」という形で本を書かれていましたが、それはこれをきっかけに生命保険業界から離れようという決意だったのでしょうか?

僕は日本生命で55歳でいわば役付き定年で子会社に行くように言われたのですが、周囲を見渡せば、役付き定年で子会社に出されて、本社に凱旋した人がいないのです。僕は不動産会社に行くことになったのですが、周囲をみても、僕はもう本社に凱旋しないだろうということがほぼ確実にわかっていました。

当時の日本生命の経営は間違っていると、僕は感じていました。僕が30年以上働いてきて、大先輩から教えられた正しい保険の姿から判断すれば、道を誤っていると思っていました。ただ、僕はもう子会社に出されて戻って来れないのだから、先輩から教えてもらった正しい生命保険の姿を書き残しておかなければ、諸先輩に教わったことを「遺書として」残しておかないと、申し訳ないと思っていましたから、最低限の仕事として「生命保険入門(岩波書店)」を書いたのです。

──ライフネット生命をつくるきっかけとなった、谷家様とお会いした時はライフネット生命を作るなんて思ってもいませんでしたよね?

※「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)に創業時の経緯が詳しく書かれていますので、ご興味ある方はぜひ一読してください。

谷家さんとは、友人の紹介で初対面だったわけですが、日本の保険業界が、どういう構造になっているのか、どこで儲けているのかを教えて欲しいと言われました。

「日本人は年間で40兆円保険料を払っている、1億3千万件契約があって、5年から10年でそれを回転させて、25万人のセールスマンがご飯を食べている」

ということをお伝えしただけなんです。

そうしたら、谷家さんが、「出口さんの話は本質をついている。今までこういう構造を簡単に話してくれる人はいなかった、私の会社に来てくれませんか?私が一所懸命にサポートするから、生命保険会社をゼロから作りましょう」とその場で言ってくれたんです。

谷家さんの顔を見たら、すごく人の良さそうな顔をしていて、悪い人では無さそうだな、これも何かの運命だから、はいと答えた。直感で決めてしまったというわけです。

──ということは、出口社長の起業の経緯というのは、やりたい事があって、それを売り込んでといった形での起業では無かったということなんですね

恋愛と一緒ですよ。今月、絶対に彼女を作ろうと決めて、作れた人はほとんどいないでしょ?

すてきな女性に会って恋に落ちるのと同じで、谷家さんに会ったことがきっかけで、こんな若い人が進めてくれるのであれば、それも1つの運命かなと思ったのです。

──その時、免許を取らなくてはいけない、資本金を集めなければいけない、人を集めなければいけない、といったハードルがたくさんあったと思うのですが、それについては考えなかったんですか?

それは、ハイと言ったら後はやるしかないじゃないですか。

僕はその当時はニッセイの子会社で働きながら、非常勤で東大の総長室のアドバイザーも務めていて、大学改革の仕事をやっていました。これから大学改革で10年くらい生きていくのかな、と思っていたのですが、谷家さんと出会ってしまって、ハイと言ってしまったら、やるしかないじゃないですか。

それだけのことです。

すてきな女性に出会って、「つきあってくれませんか?」と言われて、思わず「ハイ」と言ってしまったようなものです。

──そこには、不安や恐れとかは全く無かったということですよね

この国は、健康で働く気力があれば、ご飯は食べられるのです。僕は自分の才能で、抜群にあると思っているのは添乗員の能力です。僕は英語はそれほどうまくないのですが、世界の町は一千以上は自分の足で歩いているし、ホテルやレストランもいわばジャンキーで大好きなので、添乗員の能力には自信があるんですよ。

だから、ダメだったら添乗員をすればいいし、その前はビル管理会社にいましたので、ビルの駐在の仕事は、いくら募集をしても人が足りないという状況を知っていましたから、別に健康であればご飯が食べられるので、年をとっても別に恐れはありませんでした。

40代、50代というのは一番リスクが少ない年齢だと思います。子どもの目処もある程度ついているし、自分も会社の中で社長になるかならないかくらいはわかっているでしょう。経験もそれなりに積んでいるので、40代、50代というのは起業するにはほとんどノーリスクではないでしょうか。

「良く踏み切りましたね」と言われるのですが、自分のことを考えてみると、ほとんどリスクはなかったですし、昔であれば、何かリスクを取って失敗すれば切腹ですが、現在では失敗しても別に命は取られないですからね。

この国では、何か事業を始めても、健康でやる気さえあれば、ほとんどノーリスクだと思いますよ。

──人生計画など作られたことはあるのでしょうか?

人生計画などあまり意味がないと思っています。

なぜかというと、長期の人生設計をするということは、世界の将来が見渡せるということが前提ですよね?世界の経済とか、政治情勢とか、見渡せるから、世界がこういうふうに動くから、自分はこういうことを勉強して、資格をとって、こういう風になりたい、といった計画を立てられるということですよね。

キャリアプランとか人生設計とかの本がよく売れているようですが、僕が大学生などに講演するときは、そんな時間があるなら古典を読めと言っています。

10年後の世界がわかるのであれば、10年後に栄える会社の株をみんな買えばいいわけです。みんな大金持ちになりますよ、でも、毎年元旦で日経新聞を読んでいると、エコノミストで「今年はこういう風になります」とはっきり言って当たった人は誰一人いない。「低成長が続きます」と漠然と言った人は当たりますけれど、それは誰でも言えることです。

日本で一番優れていると言われているエコノミストでさえ、一年先の経済であったり、為替であったり、株価を読むことすらできない。であるのに、10年先、20年の予測を立てて、どうなるんだろうと、そんな砂上の楼閣に力を使うのは時間の無駄でバカバカしいことだと、僕は思っています。

思う通りになる人生を作れる人なんて、おそらく10万人に1人とか2人もいない。

人間というのは、おろかな動物で、将来のことは、何もわからないわけですから、川の流れのまま、流れていく人生が一番素晴らしいということです。その中で自分のやりたい事を一所懸命にやるということだと思います。

──今の話しをお聞きすると、出口社長は「今、ここ」にとても集中をされていて、「今、何をすべきか」ということに集中されているという印象を受けますね

人間が変えることができるのは、現在と未来しかないわけですから、済んだことには興味がないし、遠い未来については分からないわけですから、「いまやるべき」ことを、それぞれの持ち場でしっかり行うというのが、人間の生き方だと思うのです。

ここまでお聞きすると、ライフネット生命を作られたのは、元いた日本生命を見返してやろう、といった意趣返しの要素はなかったということですね。

サラリーマンで社長になれるのは、入社した人間のうち、5年に一人、10年に一人です。それ以外はいわば全員左遷されるわけです。ですので、そういった発想は全くありません。

人間には人との出会いがあって、また「天の時、地の利、人の和」という言葉があります。タイミングがあり、土地勘があり、助けてくれる人がいて、初めて何事かができるわけです。

小説としては、何か理不尽な目にあって、それをバネにするというのは面白いストーリーですし、ちょっとしたら世の中にはあるかもしれませんが、それはごく一部であって、ほとんどの人間というのは、ごく普通に生きているのだと思っています。

ほとんどの人は仕事の位置づけが間違っていると思います。

単純に人間の一生を80年と考えると、3分の2以上の時間は、食べて、寝て、遊んでいるわけですから、仕事をしている時間というのは、せいぜいが3割程度なんですよ。全体の中の3割ですから、極論すればどうでもいいことなんですよ。

人間にとって一番大事なのは、いいパートナーを見つけて、楽しい生活を送って、次の世代を育てることなんです。

仕事というのはプライベートに比べたらどうでもいい、人生の中のせいぜいが2割とか、3割なんですよね。だから、どうでもいいことだ、という位置づけがしっかりできたら、逆に好きなことを目一杯やろう、正しいと信じたことをやり抜こう、という風になるはずです。

好きなこと正しいことををやって、ダメでもともと、というまっとうな価値観が生まれてくるはずです。ところが、人生の中における、仕事の位置づけをほとんどの人が誤ってしまっていて、仕事が全てだとか、会社が全てとか、そういう風に現状認識を誤ると、そこで左遷されたら、「もう人生は終わりだ」とか思ったり、人格がゆがんできて、鬱病になってしまったりするわけです。それは現状を素直に見る力が弱いのです。人間と人間が作っている社会に対する洞察力が弱いから起きてしまうのです。

仕事はどうでもいいことだと割り切れれば、本当に思いきって、好きなように仕事ができるし、気持ちも楽ですよね。

──起業した時は、自分がしたい事で起業したはずなのに、何年かたつと、苦しそうに社長をやっている方が意外と多いんです。自分がしたくて、社長になったのに、そういった状況に陥るのは、出口社長がおっしゃった仕事に対する割り切りができないまま仕事を続けるのが原因かもしれないですね

ライフネット生命の運営方針は、元気に明るく、楽しくだけです。社員が元気で明るく楽しくなければ、いくら立派なことをいっても、いいサービスをお客様に提供できるわけがない。

当社は社員が約80名ですが、開業して以来この4年間で赤ちゃんが20人強生まれています。男性も女性も育児休暇をとっています。社員が元気で、明るく楽しく働いてこそ、いいサービスができて、会社も成長するのだと思うのです。

デートか残業か、という問いをする人がいますが、100%デートに決まっているではありませんか。

──会社を立ち上げた時から、そういう雰囲気にしたいと思われていたのでしょうか?

いえ、それは日本生命にいたときから、一貫して、部下には、元気に、明るく、楽しく仕事をしなくてはいけないと言っていました。

──サラリーマン時代はそれで上司とぶつかることはありませんでしたか?

時々はありましたが、それは世の中にはある割合で無理解な上司もいる、ということにすぎないと思っています。

──つまり、ライフネット生命だからやっているわけではなく、日本生命時代からやられているということですね

なぜなら、それは僕自身の独創的な見方ではなく、人間が5千年間、どういう風に生きてきて、どういう人間観にもとづいて、文明や文化が花開いてきたかを見れば誰でもわかることだからです。

およそ楽しくなければ、働いている意味はないと思います。

──出口社長のお話を聞いていてポイントだと思ったのは、起業したから、こう変えたというわけではなく、サラリーマン時代から一貫してやっている事は変わっていないということですね

人間というのは20歳を過ぎたら、もうあまり変わらないと思います。

自分のありのままの姿に忠実に生きるということが、一番大切なことではないでしょうか。

僕もクビライのようになれれば、夢のように楽しい人生を送れるのでしょうが、とてもそのような器はなく、クビライの足元にも遠く及ばないので、ありのままでいい、と思っています。

クビライの時代には、思想とか、信条で殺された人がほとんどいないのです。当時のヨーロッパでは、ローマ教皇庁が異端をどんどん殺していたとか、十字軍がアラブ人を殺していたような時代です。

「思想とか信条で人を殺していたら、どんなに首があっても足りないだろう」、と笑い飛ばしていたのが、クビライですから素晴らしい能力ですよね。

クビライからは、人はすべて違うのだというダイバーシティの考え方などを学びました。

──私が出口社長とお話をしていて感じたのは、あきらめがすごく早い、ということを感じたのですが

経営であれ、なんであれ、断捨離は必要ですよね。捨てなければ、新しいことはできません。済んだことについては興味がありません。変えられないわけですから。

済んだことを言って、もし過去が変えられるのだったら、考えて、話もしますが、済んでしまったことを話しても、覆水盆に返らずです。取り返しようのない過去のことをグダグダいうヒマがあったら、今日の晩、何を食べるかを考えるほうが、はるかに建設的で楽しいと思いませんか?

──それが、経営での意志決定に影響している気がしていまして、こだわらないことがポイントになっていますよね。

幹と枝葉を分けるということでしょうね。ライフネット生命でいうと、マニフェストという骨格の部分には徹底的にこだわり、それ以外の部分についてはみんなで智恵を出し合って、数字とファクトとロジックで、より合理的に進めた方がみんなもハッピーになりますので、トライ&エラーで、面白いアイデアがあれば、小さくやってみて、コストをはかり、ダメであればやめたらいいし、良ければ大きくしてさらにやればいいわけです。

──それは、土台となるマニフェストをしっかり作ったから、スピード経営につながったということでしょうか

家でもそうです。

土台とスケルトン(=骨格)をしっかり作る。その後の内装とか間取りなどは、住んでみて、気に入らなければ変えればいいじゃないですか。スケルトンがしっかりしていれば、内装も間取りも簡単に変えられます。でも、骨格があやふやだとカベをはがした途端に家が壊れてしまいます。

──それは、人間の社会、全てに言えることですね。

基本と土台は、自分のやりたい事や理念でしっかり作る。でも後は、人間はみんなそれほど賢くなく、先の事はわかりませんので、思い込みや趣味でやるのではなく、トライ&エラーで、数字とファクト、ロジックだけでやっては繰り返し、改善を重ねていけばいいのです。

何をしたいのか、どういう会社を作りたいのか、国でも同じで、憲法が一番大事ですよね。

──起業しようとすると、どんな商品やサービスを作るか、から入ってしまいがちですよね

それは枝葉だと思います。

どんな会社を作りたいかという幹、当社であればマニフェストに象徴されるコアバリューの方がはるかに大切です。

──そのマニフェストを最後、ライターの方に依頼して、見てもらったのはなぜなんでしょうか?

できあがったものを、自分以外の人に見てもらう方がはるかに全体がよく見えてくるからです。

自分の声ですら、カラオケで録音して聞くと、全く違うように聞こえるでしょう。人間は自分自身のことが最もよくわかっていないのです。だから、ライターの方に書き下ろしていただいた方が、はるかによくわかるようになるのです。

──最後になりますが、これから起業したい、という方へのメッセージをお願いできないでしょうか

世界経営計画のサブシステムをしっかり考えることです。

この世界をどう理解し、何を変えたいと思い、自分は何ができるのか、ということを突き詰めて考えて、それをしっかり書きおろすことですよね。書けるということは、考えが腑に落ちているということです。

はっきり文字におろせないということは、考えが煮詰まっていないわけです。それが全てだと思います。

──どんな、商品、サービスを作るか、ということは関係ないということですね

最初のステップでは関係ありません。どんな仕事でもいい、この世界がどうであり、自分はどこをどう変えたいと思い、自分は何ができるのか、どうやって貢献するのか、それは全ての仕事に妥当する普遍的なことです。

それが人間の生きる意味であり、仕事をする意味なので、そこをはっきりと附に落ちるまで考え抜くことです。

そこまでやっても1%くらいしか成功はしないと思います。人間がやることの99%は失敗するのです。

それでも、やらなかったら、世界は変わらないです。その1%を信じて、行動に移せた人のみが、世界を変えることができたのです。ベンチャーの歴史は失敗の歴史です。失敗することが当たり前なので、失敗を恐れていては何もできません。

とにかく何かをやろうとしたら、何をやろうとしたいのか、はっきりしないと仲間を集めることもできませんし、仲間を引っ張っていくこともできないと思います。

成功するか、失敗するかは、神様しかわからない。でも、やりたいことを明確にしないかぎり、人はついてこないし、お金を出す人もいないと思います。

──それは、成功しようと思うから、うまくいかないということですかね

ええ、成功か失敗というのは結果なんです。

それよりも、自分が、今何をしたいのか、徹底的に考え抜いてチャレンジし、結果は神様に委ねればいいと思います。

ライフネット生命もまだ赤字で、発展途上なので、まだ成功か失敗かは判断できないです。保険というのは、長期のビジネスですから、少なくとも10年経たないと、このプロジェクトが成功か、失敗かはわからないと思っています。

大事なのは、自分がやりたい事を明確にすること、この世界をどう理解し、どこを変えたいと思い、何をしたいのかを、つきつめて考え抜いて行動することに尽きると思ってます。それが、人間が生きる意味であり、働く意味であり、起業する意味だと思います。

本日はありがとうございました。

編集後記

私自身の経営経験からも、また数多くの起業家のサポートをしてきた結果からも、企業理念を最初に作るということは、何より大事なことだと思っています。

ですので、私が起業コンサルティングする時も、その方のビジネスの話しよりも、作りたい会社の企業理念作りからスタートしていきます。

ところが、ほとんどの方はこの企業理念作りに苦労します。

どんなビジネスをするか、ということが明確でも、何のためにそのビジネスをするのか、という質問になると、ほとんどの方が答えに困ってしまうのです。

出口社長は「世界経営計画のサブシステム」とおっしゃっていますが、自分が社会の一員として世の中にどんな影響を与えていきたいのか、ということを、起業家であれば常に考え続けることを求められます。

出口社長は、起業のタイミングで、社会における自分の役割を考え始めたのではなく、サラリーマン時代から、常に考え続けていたので、60歳という年齢にも関わらず、すぐに行動にうつすことができ、会社を急成長させることができたのだと思いました。

「社会の一員として何をするか」といった事を考えなくても生活はできますし、仕事をしていくことも可能です。そのため、考えようとも思わない、といったことが現実的なことかもしれません。

起業前で、何をしたらいいのか分からないという方は、自分と社会との関係を考えながら仕事をしていくことが、起業の第一ステップになるのだと思います。

出口社長のインタビューを通して、「何をするか」よりも「なぜ自分でなくてはこのビジネスはだめなのか」という事を、最初に考えることが大事だという認識を持ちました。


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